タクシージャパン 掲載コラム

潜在需要は如何に顕在化するか?

チームネクスト第31回セミナー

チームネクストの第31回目のセミナーが8月25日、web会議サービス「Zoom」を使ったオンライン形式で開かれた。
 今回は、久しぶりの対面形式により静岡の地でセミナーを行うことが企画されていたのだが、コロナの第7波の襲来で叶わなかった。静岡での開催となれば2回目となり、1回目は10年前の2012年2月で、千代田タクシー(静岡市)の加藤高立社長の講演が行われた。そしてこの時に、京都のキャビック、名古屋のつばめ自動車で開催された2回のプレセミナーの実績を踏まえて、正式にチームネクストが発足し、その設立式も併せて行われた記念すべきセミナー合宿であった。
 当初の予定では、静岡TasSによるタクシーのサブスクリプションサービスである『タク放題』が7月1日から静岡市内で開始されていたので、チームネクストの会員によるその試乗体験なども企画されていたのだが、残念ながらオンラインによる「タク放題」のプレゼンのみということになった。
オンラインセミナー全体の内容は、
①『現在の自動運転の状況と今後のタクシー業界の対応』株式会社ストロボ(自動運転ラボ)代表取締役下山哲平
② 体験講演:『タクシーサブスクサービス「タク放題」』(一社)静岡TaaS代表理事清野吉光
③『やっと解禁!遠隔点呼システムの今と将来』株式会社システムオリジンリーダー辻裕
④『飛沫防止、透明アクリル防護版」及び、「タクシー車両リビルト部品の取扱い開始」のご案内』
株式会社タクシー支援サービス 統括部長徳差和則
 と、多岐に渡り、充実した内容だったとは思うが、やはり『タク放題』のサービスを実際に体験して頂けなかったのは残念であった。
 「タク放題」のサービスは「針の穴を通す試み」(あるタクシー事業者の弁)ではあるものの、その一方で、多くの人のサポートを得て、何とかスタートすることが出来たサービスだ。だからこそ、チームネクストの会員も含めて多くの人に体験してもらうことによって、その評価と智恵を頂き、その難しい隘路を突破して行きたいと思っている。
 理想や構想から実践、実行には大きな壁がある。プランを出すことも一苦労だが、その実現は一筋縄には行かない。そのための試行錯誤の総量が問われているのだと思う。過去の自分が語ってきた構想(能書き?)の実現はそう簡単ではないし、息を詰めてしばらくは走らざるを得ないと思う。が、それは誰からも強制されているわけでは無いし、ある意味で自分が好きでやっていることなので、見方によっては幸せであり、寧ろお気楽な人生なのかも知れない。ただ、伴奏して下さる方に迷惑をかけないように精一杯、頑張らなくてはいけないと思う。

ある懸念?

今回の「タク放題」の試みに対し、監督行政官庁からある懸念が寄せられている。ひとつは地元タクシー業界への説明と協調、もうひとつが「タク放題」が既存の需要を食っていないかという懸念である。ひとつ目の懸念については、6回に渡る地元タクシー事業者向けの説明会とほぼ毎月の私の状況報告としての本コラム掲載紙の送付、業界支部会への報告など可能な限りの説明の場を持って来たつもりである。しかし、新しい試み、それが如何にタクシー業界にとって良かれ思う試みであっても、全ての事業者の賛意を得るのは難しい場合もある。
 また、もうひとつの「タク放題」が既存の需要を侵食していないか、という懸念についても、残念ながら絶対に100%侵食していないとは言い切れない。
 しかしながら、一方で潜在ニーズを掘り起こし、新しい需要をタクシー業界に提供していると考えることも出来る。少なくとも静岡TaaSはそれを目指すために設立した組織であり、運動体である。従来のタクシーの仕組みでは汲み上げられなかった移動ニーズを顕在化させ、利用者にとってその利便性と経済性、そしてタクシー事業者にとってもトータルかつ長期的に見れば、生産性の向上と収益の向上につながることを目指しての試行錯誤であり、実証実験である。もし、静岡TaaSの試みがそれにつながらないと言われるのであれば、潔く撤退しようと思う。

新サービスがニーズを作り出す

 よく言われる話だが、米大手IT企業アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏がiPhoneを作り出すまではiPhoneのニーズは無かった。多分どんなにマーケティングで市場調査をしても、iphone登場以前にiphoneのようなものが欲しいというニーズは出てこなかったと思われる。今回の「タク放題」も同じで、月額定額乗り放題という今までに無いタクシーの利用方法が現れることで、このサービスへのニーズが顕在化するだろう。
 もちろん、従来のタクシーに対する移動ニーズがこのサービスに代替されるケースも一部にはあると思うが、一方で、この一カ月半の「タク放題」のサービス実施の中で、明らかに従来ではタクシーに乗らなかったであろう需要が顕在化していることも判明した。それは僅か数百メートルの超近距離乗車である。
 静岡市内では、タクシー初乗り1・2キロ600円、それに迎車料金140円を加えると740円になるが、これまでは多分、数百メートルの距離でタクシーに乗る乗客は非常に少ないか、ほとんど皆無だったのではないか。
そのような近距離で740円を支払うのはもったいないということもあるが、むしろ、それ以上に乗務員に気兼ねをする気持ちを律儀な高齢者ほど持ちやすいということがある。一方で、足腰が弱い高齢者、特に荷物などを持っている場合に、この数百メートルが非常にキツイとも聞く。その結果、近くの商業施設にも行けずに、家に閉じこもる高齢者が少なくない。しかし、今回の「タク放題」では、サービスの利用者の90歳の高齢女性が、自宅から数百メートルの距離にある大規模商業施設に気軽に行けるようになってワクワクしていると伝えてくれた。
また別の91歳の高齢女性がわざわざ電話をくれて、「タク放題」を利用するようになって良かったことを伝えてくれた。曰く
 「以前は食事をおにぎり一個で済ませることが多かったが、今はタクシーで気軽にスーパーに行けるので野菜を多く食べるようになり、食事のバランスが良くなった。外出が多くなったので健康になったし、脳も活性化した気がする」
 こうした利用者の声は新しい「タク放題」というタクシーサービスが今までになかったタクシー需要を創出しており、さらにそのことが高齢者の生活の質を向上させ、豊かにしており、その結果として、介護予備軍(フレイル)の増加を抑制する可能性があることを示している。
現在の「タク放題」サービスエリアに居住する約15000人の高齢者に、もっともっとこのサービスを知ってもらい、移動需要を増やすと同時に高齢者の生活の質をもっともっと上げて欲しい、と言わずにはいられない。
(2022年8月25日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。