タクシージャパン 掲載コラム

タク懇の海外研修

EV普及の先進地域中国・深セン

有難いことに、タクシー業界において歴史ある勉強会である「タクシー問題懇談会」(以下タク懇)に2002年から参加させていただいている。システムオリジングループの株式会社タクシーサイトの初代社長が、「タク懇」の創設に関わった元イースタンモータースの坂本さんであり、その縁もあって、タクシー事業者ではないのにも関わらず、私も「タク懇」に参加させてもらっている。
 「タク懇」に参加することで貴重な経験をさせていただき、随分と勉強になっている。とりわけ、今期から「タク懇」の会長に就任された日の丸交通の富田和孝社長は、話題になっているテーマの外部講師を積極的に招聘し、タク懇の会員に大きな刺激をもたらしてくれている。
 この4月に行われた「タク懇」恒例の研修旅行も、初(多分…)の海外研修として、EV(電気自動車)の普及先進地域である中国・深センの視察が企画された。二泊三日という短期間の研修旅行ではあったが、EV自動車メーカーとしては世界トップ企業であるBYD社を丸一日かけてじっくりと見学した。


 BYDジャパンの副社長も駆け付け、深セン市内にあるBYD本社の巨大な工場と、従業員の社宅団地群を目の当たりにして、中国におけるEVへの取り組みの凄さを実感した。
 中国政府は、産業中期戦略「中国製造2025」において新エネルギー自動車産業を国家産業競争力の中核として位置付け、ガソリン自動車における遅れを一気に挽回しようとしている。深セン市とBYD社は、その先駆けになる実験都市およびメーカーとして、急速に自動車のEV化に取り組んでいる。とりわけバスは、ほとんどがEV化、タクシーも約6割がEV化されているとのことで、充電インフラの充実とも相まって、深センでは想像していた以上のEV化の現実があった。言い古された言葉だが、まさに「百聞は一見に如かず」と実感した。

深センは実験・人工都市

深センは1980年に、当時の中国最高実力者・鄧小平氏によって、「社会主義市場経済」を目指した「改革開放政策」の実験場となる「経済特区」とされてから急激に発展した人工の都市である。以前は数万人規模に過ぎなかった都市が、現在は都市域人口が約1400万人という、北京、上海、広州につぐ巨大都市にまで成長した。
 また、深センは移民都市(中国国内からの移住ではあるが)でもある。そのせいか、中国の他の大都市でみかけるスラム街があまり見当たらない。まさに中国のシリコンバレーと呼ばれる、中国における最先端の技術とベンチャー的な人材がチャレンジする実験都市となっている。たかだか正味一日のわずかな経験で、どこまで本当のところが分かるのかとは思うが、日本とは違った世界の一端を体験することができた。(あちこちに打ち捨てられた膨大なシェア自転車も含めて…)

香港初体験

今回の深セン研修旅行では、日本から香港経由で深センに入った。香港は1997年にイギリスから中国に返還され、中国の特別行政区になっている。しかし、返還後50年間は「一国二制度」ということになっており、政治と経済の自立性は、一応、認められている。従って、香港から深センに行くためには、別の国に行くように出入国管理ゲートを通り、パスポートのチェックを受けねばならない。貸切バスでも一旦は降車して、香港ナンバーの車両から中国ナンバーの車両に切り替える(あるいは二つのナンバープレートを持つ)ことになる。
 しかし、中国全土を結んでいる高速鉄道が香港の九龍にダイレクトに入る予定にもなっており、一国二制度とはいいながらも、香港の中国化はどんどん進んで行くのではないかと思う。今回の「タク懇」の研修旅行では、香港は空港を経由しただけで見学の予定は無かった。しかし私は香港に来たのが初めてなので、せっかくの機会と思い、帰途につく「タク懇」のメンバーとは香港国際空港で別れ、香港とマカオの観光に一人で向かうことにした。
 香港は、深センとは違った意味で特別の地域だ。大英帝国とのアヘン戦争で清が敗北した結果、香港は1842年にイギリスに割譲され、以後中国に返還されるまで英国領香港として世界的な金融都市として独自の発展を遂げてきた。
 香港の2017年における一人当たりGDPは4万6000ドルで日本の3万8000ドルより上位である(もっとも東京の一人当たりGDPは2014年の数字で5万7000ドル)。確かに富裕な都市ではあるが、物価も高く、とりわけ家賃が高いので、住むのには大変だとガイドの人がこぼしていた。香港ではベルトラという世界各地のオプショナルツアーを専門に扱う旅行会社のネット予約を通じて、初日の夜は、定番の香港島ビクトリア・ピークからの100万ドルの夜景観光とオープントップバスによる九龍半島の周遊ツアーに参加した。驚いたことに、「タク懇」のメンバーであるS社長も同じツアーに参加していた!
 二日目は、やはり定番であるマカオのツアーに参加。同じ中国の特別行政区であるマカオだが、ポルトガル領だったこともあり、随分と香港とは違った雰囲気であった。香港から高速船ジェットフォイルに乗って一時間ほど、世界遺産の聖ポール天主堂跡やマカオタワー、セナド広場などを巡ったが、カジノの方は自分が予約したツアーに組み込まれておらず、結果的に未体験となった。私の人生自体にギャンブルみたいなところがあるので(汗)、まあ、いいかと諦めた。
 三日目は、宿泊したキンバリーホテルがある尖沙咀(チムシャツォイと読むらしい)周辺をあてどなく歩き回る。
そして、とにかく高いところが好きなので、香港で一番高いビルだという九龍駅近くの環球貿易廣場のスカイ100に昇ってみた。ビクトリア・ピークから見る香港も素晴らしいが、この360度の見晴らしが効くスカイ100展望台も素晴らしかった。

百聞は一見に如かず

香港は地下鉄網が発達しているが、天気が良いこともあり、移動はすべて徒歩とした!三日目は約12キロを歩いた。今回の旅行全体では、深センでの大きな工場の見学も含めて徒歩での移動距離は50キロを超えた。たくさん歩けば良いというものではないが、私ほどの年齢で、これだけ歩くことができたということは多少の自信になった。
 最終日の夜、少しは香港の夜の街を経験せねばとガイドブックにも出ているレストラン&バー・ストリートの「ナッツフォードテラス」というところに行ってみた、が、一人ということもあり、気後れしてしまい、結局は言葉の通じそうな日本食レストランに入った。おまけにそこで食べた寿司にあたったようで、帰国の日の朝から腹の調子が悪く、成田空港で診療所の世話になるような情けない結果で終った…。
 しかし、このような比較的気ままな旅をさせてもらえる現在の環境と、それを支えてくれる皆さんに感謝しつつ、改めて百聞は一見に如かず、実際に行って見ること、やってみることの大切さを、改めて感じた次第だ。
(2018年5月24日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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