タクシージャパン 掲載コラム

何故、DiDiモビリティ・ジャパン?

北京は意外と晴れていた!

 急遽、10月20日から3泊4日で、中国・北京を訪れることになった。
 当初は21日から2泊3日の予定だったが、私と長年にわたり中国で事業をしている次男の2人が乗る飛行機の予約が21日の便では取れず、前日となる20日出発での北京訪問となった。
 北京は初めてだが、中国には2001年から上海、杭州、広州と、10回以上は訪問している。
 2001年といえば、ニューヨークで9・11同時多発テロが発生した年として記憶されているが、中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した年でもある。
 鄧小平が始めた改革開放政策は、社会主義市場経済という形で、経済的には資本主義化を推し進めて発展させ、2010年にはGDPで日本を追い越し、今やアメリカとの貿易戦争をもたらすまでになった。製造業ではまだまだ世界的な有名ブランドの製造や下請け的な地位にあるが、ITの分野ではBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)などの巨大企業が育っており、特に2012年に誕生した滴滴出行は、2018年6月現在の時価総額が560億ドル(約6兆2700億円)を超えるいわゆるユニコーン企業(時価総額10億ドル超の非上場ベンチャー企業)として急成長を続けている。今回の急な北京行きは、この滴滴出行の本社の見学のためだ。
 大阪で9月29日からスタートしたソフトバンクと滴滴出行の合弁会社、DiDiモビリティ・ジャパンの配車サービスを担うタクシー会社一行と共に、北京のシリコンバレーと言われる中関村地区にあるアメリカ風(?)のハイテクオフィスを見学した。
 残念ながら本家アメリカのシリコンバレーには行ったことがないのだが、滴滴出行の本社を訪れると、話に聞く、グーグルやアップルの仕事と遊びがごっちゃになったようなオフィス空間が、我々の頭の中にある中国のイメージを壊していくことになった。
 世界でも有数の北京大学や精華大学が共にこの地区にあり、大学の街が持つ特有のシリコンバレー風の斬新な文化・雰囲気を作り出していた。中国のバブル崩壊の可能性や政治的な締め付けへの危惧、それにPM2・5などによる大気汚染や食品汚染など、中国には「ヤバイ」と思う点は多々あるが、その一方で、中国では一日に1万6千社が起業するというこの現実も、逆の意味で「ヤバイ」ことだと実感した。
 それしても、訪問した数日間は意外にも青空をみることができ、日差しも穏やかで過ごしやすかった。しかし、案内してくれた滴滴出行側の日本語のできる精華大学インターン生は「皆さんは運が良いです!」という位だから、普段の天候状態は推して知るべしと言うことだろうか…。

何故、DiDiモビリティ・ジャパン?

 私は、10月1日からDiDiモビリティ・ジャパンの事業をお手伝いすることになった。もちろん社員ということでは無く、業務委託という形で、自分のできる範囲でのお手伝いということになる。
 私の出身母体であるシステムオリジンが、同じくタクシー配車アプリのDeNAのお手伝いをしていることもあり、多少の躊躇はあったのだが、幸い、オリジン本体での役職は無く、経営上の役職や責任は一昨年春に後任に譲っているので、オリジン本体が推進する活動の意思とは無関係に私個人の意思としてDiDiモビリティ・ジャパンのお手伝いをしたいと思っている。
 私にとって、この判断は滴滴出行というよりソフトバンクの、あるいは孫正義代表が37年の歴史の中で培ってきた「志」、その具現化としての経営理念、時代認識、戦略への共感による。
 DiDiに関する今回の話があった時に、私はソフトバンク、そして孫正義代表について書かれた本を手あたり次第に10冊ほど買い込み、必死になって読み込んだ。そして不覚にも、ほぼ同時期に創業し、同時代を生きてきたにも拘わらず、ソフトバンクや孫代表について何も理解できていなかったことを痛感した。孫代表については、佐賀県鳥栖の無番地での苦難の生活や、高校1年での渡米等々、様々な逸話が有名だが、自分にとってはNTTに挑戦し、3期連続赤字で3000億円の累損を抱えながら乗り切ったYAHOO BBのADSL事業の立ち上げ、さらに赤字で落ち目だったボーダフォンの日本での携帯電話事業を身の丈を超えた金額で買収し、アップル創業者のスティーブ・ジョブスとの人脈を生かしながら今日のソフトバンク(モバイル)を立ち上げ切ったこと。
そして2010年には、300年先を見据えて「情報革命によって人々を幸せにする」、それを実現するための「群経営」構想、とりわけ間近に迫った「シンギュラリティ」(人工知能が全人類の知能を超える時点)に備え、全世界の情報革命(その一環としての移動革命)のためのプラットフォーマーたらんとする構想に、度肝を抜かれた。
 そしてIоTの時代にすべての基礎となるコンピューターチップ設計の世界的大手であるARM社を3兆3千億円を投じて買収し、また世界的な移動のベースとなりつつあるプラットフォーム企業への投資(中国の滴滴出行、アメリカのUber、シンガポールのGrab、インドのOlaなどの筆頭株主)、自動運転やロボット企業などへの投資、さらにトヨタ自動車とのモネ・テクノロジー社の設立など、IоT、ビッグデータ、AIの時代におけるプラットフォーマーとしての布石を着実に打っていることに、その未来と世界への視野の広さに驚きを禁じ得なかった。
 DiDiモビリティ・ジャパンは単なる中国人観光客向けの配車アプリではない。それはすべての移動をコーディネートするプラットフォームの一環であり、いわゆるMAAS(モビリティ・アズ・ア・サービス)へのステップである、と私は勝手に解釈し、そしてそのようなIоT、ビッグデータ、AIを駆使したプラットフォームこそがタクシーを含む移動産業の構造的な生産性の低さ、そしてその結果である乗務員の長時間労働や低賃金、社会的地位の低さを改善し、改革する道であると信じている。
 「タクシーのビジネスモデルの改革」=「総合生活移動産業創造」のお手伝いをしたいと言いながら、未だに何も出来ていない私としては、この新しい移動産業のプラットフォーム作りのお手伝いをすることに、自分の残された寿命を使うべきだと感じ、その端緒であるDiDiモビリティ・ジャパン普及へのお手伝いをすべきと判断した次第である。
 以上は、私の仮説にすぎず、またこうしたレベルのプラットフォームを作るために現実のタクシー業界でなさなければならないことはあまりにも多く、現場で働く乗務員、管理者、経営者、そして利用者にとってさえ、絵空事に聞こえるかも知れない。実際絵空事に終わってしまう可能性は決して低くないとは思うが、一方で、今日のスマホといわれるものが2007年にアップル社のジョブズによって創発され、そしてたかだか10年でそれが全世界の文化、意識、生活習慣まで変えてしまっている現実を思うと、技術に裏打ちされた絵空事を考えることは無駄ではないし、この100年間殆ど変わらなかった日本のタクシー業界が移動革命の最先端を走ることも決して不可能では無いと思われる。
 何を守り、何を創り出そうとするのか?如何に最新の言葉で飾ろうと、最終的に自らの一族の利害を守ろうとすることに未来は無い。己を捨て「情報革命、移動革命によってひとびとをしあわせにする」、この思いと愚直な実践にこそ未来がある!
(2018年10月25日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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