理事長ブログ

『世界秩序が変わるとき』新自由主義からのゲームチェンジ

 先月のコラムに引き続き、大上段の見出しで恐縮だが、つい最近読んだ本の表題をそのまま引用させて頂いた。
 この「世界秩序が変わるとき〜新自由主義からのゲームチェンジ〜」の著者である、新自由主義の申し子のようなアメリカのヘッジファンドのコンサルタントである齋藤ジン氏の語る新自由主義の話は、遥かに大きな世界的、歴史的な視野で「世界秩序」、とりわけ世界の覇権国であるアメリカの世界秩序の次元で語られている。
とりわけ、少なくとも私にとって新鮮だったのは、アメリカという良くも悪くも世界覇権を持つ国の動向、特に世界秩序を自らの利害に基づいて変化させようとする力が、如何に強大で、日本の政治、経済、生活に影響をもたらしたかを、この世界秩序=新自由主義を巡る事態で、痛感させられたことである。

アメリカの世界秩序の変遷

 アメリカは、1929年の大恐慌に対処するために「大きな政府」の路線をとり、その上で、第2次世界大戦においてアジアの覇権国を目指していた日本を叩き潰し、日本の国土を灰塵に返した。しかし、その後、ソ連との冷戦を勝ち抜くために日本を逆に援助し、育てた。日本は持ち前の勤勉さと技術力によって成長し、世界2位のGDPを実現し、1980年代にはアメリカの経済的覇権を脅かすかに見えた。
 特に、1989年の冷戦の終結、1991年にはソ連が体制崩壊したこともあり、日本のアメリカにとっての存在価値は低下し、挑戦する日本を意図的に潰すことを企図し、プラザ合意による円の切り上げとドル高の是正、その後の構造協議などを通じて、日本の産業の弱体化を図った。
 既にアメリカでも、財政赤字と貿易赤字という双子の赤字によって、大きな政府の限界が顕在化していたこともあり、レーガン政権は、小さな政府の路線=新しい世界秩序への組み換え、を強引に推し進めた。
 その新しい世界秩序こそ、新自由主義と言われるものであり、アメリカは、この新自由主義を全世界に拡大していった。

新自由主義の三大要素

 著者の齋藤ジン氏が定義する「新自由主義」とは、第一に「大きな政府」より「小さな政府」が良いものであり、政府の介入は少なければ少ないほど良い。
 第二に、そこでは政府や政治に代わる裁定者の役割を「市場(マーケット)」に委ねる。
 第三に、その世界では個人の権利と選択を尊重し、政府や宗教をはじめ、個人の生き方に干渉するものを最小化。
 この新自由主義の秩序を、アメリカの主導の下に全世界に拡げ、世界市場を一元化し(グローバリズム)、シリコンバレーを起点としたITデジタル技術で世界を制覇する道を押し進めた。

アメリカと中国

 このアメリカの新しい世界秩序、新自由主義とグローバリズムは、社会主義市場経済を掲げて2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した中国経済を飛躍的に発展させることになった。
 中国のWTO加盟を積極的に後押ししたアメリカの意図は、中国を世界経済に組み込み、相互の貿易関係を深めれば、中国は民主化され、西側社会の一員になる、ということであったが、逆に中国は共産党による独裁体制を強化しながら「中国製造2025」を掲げ、アメリカの先端製造技術に挑戦する意思を明らかにした。
 経済大国となった中国は、南シナ海に人工島を作り、軍事基地を置き、九段線(中国が南シナ海に設定した権益ライン)を掲げて、南シナ海全域の主権を主張し始めた。
 成長した中国はアメリカの世界覇権を脅かす存在となり、アメリカは中国を敵対国として対処するようになった。
 一方で、アメリカの世界秩序、新自由主義の遂行は、アメリカの一部エリート層だけを富ませ、中間層の没落、貧富の差の拡大となり、その不満がトランプ大統領の誕生をもたらした。

いま再び大きな政府の時代

 中国によるアメリカの覇権への挑戦も、アメリカによる世界秩序の路線変更を迫っている。
 アメリカは、関税や先端技術の輸出制限をすることによって、中国の野望を阻止し、自らの世界覇権を維持しようとしている。また政治的にも軍事的にも中国に対する包囲網を構築して、中国封じ込めのためのアジアの核として日本を位置付けようとしている。いま、日本の失われた30年の構造が、根本的に変化しようとしている。

失われた30年

 日本は、1991年のバブル崩壊、さらには1997年の金融危機、その後もデフレと低成長が続き、ようやく日
経平均株価が2024年2月にバブル期の最高値を34 年ぶりに更新した。
 この失われた30年の原因は、主にバブル崩壊や金融危機に対する日本政府の対応が、公的資金の注入遅れなどによって後手に回ったことも大きいが、やはり、アメリカの1980年中盤から始まった、日本潰しと新自由主義的介入が大きかった。
 しかし、日本はこのアメリカの新自由主義的システムの強制に、一部では従いながらも、アメリカ流のドライなリストラ策をとらず、雇用の維持を優先させ、デフレと低成長に耐えた。
 その結果、相対的に経済格差は拡がらず、社会の分断も少なく、治安も悪化することはなかった。失われた30年は否定的に評価される場合が多いが、ある意味で日本社会の価値観を体現するものでもあると思う。
 最近、新自由主義的社会の進展の結果、社会的分断が進み、治安が悪化した国々からの訪日観光客が増えているが、日本の人々からは他人へのリスペクトや穏やかさを感ずるとのことだ。これは、日本社会における昔からの伝統的態様の蓄積もあるだろうが、この失われた30年においても新自由主義的な企業の利益第一主義による人員整理やコストカットを行わなかったから、ではないかと思う。それが今、日本という国が世界から技術面だけではなく、社会的、人格的な品質のブランドとしての評価につながっているのではないか、と思う。

日本は相対的勝者になる

 この本の著者である齋藤ジン氏は、今でも弱まったとはいえ、世界の覇権国であるアメリカが、新自由主義からのゲームチェンジで再び大きな政府の路線に転換し、政府の主導の下に、大国となった中国に対抗してアメリカの世界覇権を維持しようとする路線に変わるとき、日本は相対的に勝者になると予想する。
 実際、既に日本は、一部に残る新自由主義的風潮から、確固とした、政官財主導の路線に踏み出している。
 昨今、政府によって策定された2040年までの「戦略17分野における『主要な製品・技術等』」の計画等は最たるもので、政府や政治家が口を出さず、市場に任せれば良い、という新自由主義的な発想からは考えられない世界である。
 中国が、EVや自動運転、ロボット、電池などの先端技術の開発で先行し、レアアースの輸出制限、また東シナ海、南シナ海、台湾、尖閣諸島への圧力を強める中、日本の政治的、経済的、技術的、外交的な役割は高まるばかりである。
 ある意味、日本版ライドシェアも、実はこうした文脈の中で、新自由主議的な市場の利便性一辺倒ではなく、日本の交通や運輸行政など、全体の中での判断から生まれたものではないかと思う。
 新たな世界秩序が構築されつつあり、それが日本の今までの逆風から順風、追い風になるという齋藤ジン氏の予測に、改めて世界秩序という視点の高さ、重要さを認識した次第である。
(2026年6月24日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。
1976年 清水市の日の丸交通入社。
1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。
1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。
1992年 代表取締役社長就任。
2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。
2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。
2025年1月(株)静岡TaaSトラベル設立

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