タクシージャパン 掲載コラム

さよなら湯島ハイタウン

22年間の住処

都内文京区の春日通り沿いの湯島天神の前に、420世帯を擁す、築50年を超える大きな白いマンションがある。湯島ハイタウンだ。
 私は1991年に、埼玉県大宮市(現在は、さいたま市)に単身でシステムオリジンの関東支店を開設。その2年後に、都内足立区の京成関屋駅近くのマンションに事務所兼住居を移し、その後の紆余曲折を経て、2000年にこの湯島ハイタウンと呼ばれるマンションに住むことになった。
 私が湯島ハイタウンに住むことになったのは、現在は静岡市内にあるタクシー会社、駿河交通の社長を務める次男が、当時は都内のあるタクシー会社の事務職を勤め、アパートの家賃が負担なので一緒に住もう、と持ち掛けて来たことにある。
 そこで中古のマンションでも購入しようと思い始めた矢先、たまたま当時は千代田区外神田にあったシステムオリジンの事務所近くの古ぼけた不動産屋の軒先に、この湯島ハイタウンの売り物件の広告が張り出されていた。
 今どきのネットによる検索が可能な時代と違い、全くの偶然でこのマンションと出会い、そしてバブル経済の崩壊によって持ち堪えられなくなった売主から申し訳ないような価格で譲り受けた。
 築30年を経過しており、内部はボロボロだったが、親戚の工務店に内装を頼み、新築の様になった。購入したのは12階で、眼下に不忍池や上野公園全体が見渡せ、隣には国の重要文化財になっている旧岩崎邸庭園(三菱財閥・岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を公園として整備したもの)があり、また最寄り駅が6つもあって、絶好のロケーションであった。 
54平米の小ぶりのマンションには、それから入れ違いではあるが、次男、長男、長女の3人の子供たちが同居し、ひそかに家内からの監視役を勤めた(汗)。
 そして、この部屋からの見晴らしの良さ、居住性、交通の利便性は、ストレスにさらされる状況にあっても私を支えてくれた(もちろん、家族と社員の人たちの支えが一番だ)。
 ここ1、2年は少し時間の余裕もできたので、毎朝、上野公園に散歩に出かけ、朝6時半からの上野公園中央広場で行われるラジオ体操に参加し、ストレッチ、1万歩以上のウォーキングを行うなど精神的にも肉体的にも極めて健全な生活ができたのもこのロケーションのお陰だった。
 偶然とはいえ、改めて街の古ぼけた不動産屋の張り紙との出会いに感謝したい気持ちだ。

さよなら湯島ハイタウン

この思い出の深い湯島ハイタウンと、この6月末でお別れすることになった。昨年6月に中堅の不動産会社にこのマンションを売却し、1年間というリースバックの期限が来たからだ。
 マンションを売却したのは、私の終活に関わる宿題として、一昨年からタクシー事業の地域プラットフォームの設立とそのきっかけとしてのタクシー事業への直接的関りの必要性を痛感していて、そのための資金が必要だったためだ。
 たまたま縁があって、そうした機会が訪れたので、名残惜しいがこの20年を超える住まいにお別れを告げる決断をした。一応、家族にも了解をとり、それこそ今回はインターネットを活用して売却先を探したが、結局はこの湯島ハイタウン自体に深く関わりがあり、またこのマンションからの眺望や居住性を評価してくれている中堅の不動産会社が1年のリースバック方式で購入してれることになったという次第だ。
 幸いにも購入時より少し高い値段で買ってくれることになり、結果的に21年もの期間を無料で住んだことになる(その後のリースバック期間中はもちろん家賃が発生したが)。
 さすがに引っ越しとなると準備が大変である。
22年も住んでいたこともあるが、本の蒐集が趣味の私としては、本の梱包だけで引っ越しセンターの用意してくれた段ボール箱で50箱を超え、しかも一箱がかなりの重量である。このマンションは大規模マンションでエレベータ設備も充実しているが、一方で荷物を運び込む静岡市清水区の自宅の旧子供部屋はエレベータの無い4階にある。如何に商売とはいえ、引っ越しセンターの作業員の負担はかなりのものだと同情する。
 たまたま引っ越しは6月24日に搬出、25日が搬入で、私が顧問を勤める駿河交通の事務所および車庫の移転日と重なることになった。
 さようなら長年お世話になった湯島ハイタウン、そして駿河交通も50年近くお世話になった静岡市池田にさようならをし、同市登呂の大東交通跡地に移転をする。変化の時代、意識を変えるためには、とりあえず、自らの所在地を変えてみることが、ひとつのきっかけになるかもしれない。

何故事務所、車庫を移転する?

実は、駿河交通が移転することになった直接のきっかけはコスト削減の必要性であった。タクシーの実働車両数が最盛期より半分近くに減っている現在、最盛期と同じ地代が経営の大きな負担になっていた。自社所有の車庫を持つ会社であればまだしも、賃貸で運用する会社には共通の悩みである。たまたま縁があり、現在の地代の半額で借りられる目途がつき、また社屋となる建物も同居する一般社団法人静岡TaaSの今後の活動にも耐えられる広さが確保できそうだった。
 しかし、一方で建物が築40年を超え、老朽化が進んでいたので、大幅な手入れが必要となった。とりわけ、新しい、若い層の男女の乗務員を採用するためにも、また静岡TaaSの地域プラットフォーマーとしてのイメージアップのためにも、特に内装面で大胆な投資を行うことになった。
 タクシー業界の定石として、利益を生まない事務所などには極力資金をかけるべきではないことは承知しているが、駿河交通の若い清野大樹社長、静岡TaaSの少し若い淺場専務理事の「スターバックス風」にしたいという甘言に乗り、このコロナ禍の大変な時期における大きな投資に賛同することにした。今年10月を目標に、暫定的であれ、一般社団法人静岡TaaSの共同コールセンターの出立に間接的にこの建物が貢献できたら有難い。
 タクシー産業を取り巻く世界が、明らかに今までと違った顧客層、副業ドライバーを含む新しい乗務員層、そして移動そのものが、新しい生活スタイルと結び付いていくためには、移動のイメージ、楽しみ方が大きく変わる必要があり、SNSへの浸透をテコとした地域移動プラットフォームの確立が問われている。そうした新しい風が吹く先駆けになれれば嬉しい。
(2021年6月21日)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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