タクシージャパン 掲載コラム

地域TaaSは地域経済再生の核

新L型経済と地域TaaS

前号の本コラムにおいて、地域TaaSの創設を提唱した。
 地域の住民の健康と生活の質を大きく左右する移動の「安全・安心・いつでも・リーズナブルな価格」を担保するためには、存続の危機に瀕しているタクシー事業の生産性の飛躍的増大が必要であり、そのためには個々のタクシー事業者の経営努力のみならず、タクシー産業にけるビジネスモデルの抜本的な転換が必要だ。その手段としての地域最適プラットフォーム(=地域TaaS)の創設とその実効性の確立が必要である、というのがその骨子であった。
 しかし、より本質的には疲弊した地域経済そのものが復活・活性化し、新中間層とでもいうべき所得層が増え、結果として人口が増大し、地域の賑わいが戻らねば移動産業の興隆も不可能である。
その意味で、移動の問題とは都市活性化策と不可分の課題である。事実、各自治体の「地域公共交通網計画」は、まちづくり計画である「立地適正化計画」とセットであり、各自治体がどのように自らの地域の産業を活性化させ、魅力ある都市を作り上げ、人口を吸収するかという都市間競争が重要になる。そういう観点から、最近出版された『新L型経済』という本が非常に参考になるのではないかと思う。

日本再生のカギは”30万人都市“経済圏にあり!

この本は、私のコラムでは何回か紹介させていただいている冨山和彦氏に、ジャーナリストの田原総一郎氏がインタビューするという形で書かれている。
 一番共感するポイントが、この本の帯に書かれている地域経済の復活こそが日本再生の原動力だ、という点である。帯の文章は次のように言う。
 「グローバル化とデジタル革命以後の現代日本において、GAFAのようなグローバル企業が誕生したとしても、もはや大きな雇用は生まない。一方、ローカル経済圏の8割の人は働いていて、彼らが確かな待遇を得られる社会になれば日本は再び豊かさを取り戻す。そのためには地方に巣食う「ゾンビ企業」を排し、中小企業の生産性を高めるCX・DXを推進していくのだ」
 冨山氏は2014年6月に出版された「なぜローカル経済から日本は甦るのか」(PHP新書)で既にローカル経済の可能性を指摘し、日本経済の8割を占めるローカル経済の労働生産性を高めることこそ日本の復活のカギだと指摘していた(団塊耕志録Ⅱ「スマートレギュレーション」参照)。
 いまだC X(コーポレート・トランスフォーメーション)やD X( デジタル・トランスフォーメーション)などという用語が無い頃に、ローカルでシリアスな地域の産業の労働生産性の向上こそが地域の再生と発展の鍵であることを主張し、自らも地域移動産業である「みちのくホールディングス」への出資と運営の指揮をとっていた。破綻した東北地域のバス事業者を引き受け、CXやDXを駆使して、労働生産性を上げ、産業としての再生を成し遂げつつある。
 その冨山氏がこの著書の中でタクシー業界にも言及している。
 「(バスの)隣接業界のタクシー業界では、タクシーの数が増えすぎ、賃金や労働時間などのタクシー運転手の労働条件の悪化とそれに伴う安全性の低下懸念を根拠に、台数規制と価格規制を強化する制度改正が行われた。しかしこっちの方は、労働条件の話ならば、最低賃金の上昇や労働監督の強化で対応するのが本筋のスマートな規制に思える。中途半端に価格と供給量に介入するやり方は、結局生産性が低く、運転手を酷使しているブラックな業者でも、保有台数が既得権益化し、退出しなくなる」(P.201)
 しかし、冨山氏のこの指摘にも拘わらず、コロナ禍もあって今や運賃と台数の規制をもってしても、地方の多くのタクシー事業者が最低賃金も担保できず、存続すらも危ぶまれる事態にある。
 そうした中で、雇用の大きな受皿になり得るこのリアルでシリアスな移動産業のモデルを、労働生産性の抜本的な改善につなげ得る地域TaaSの確立にむけて真剣に動かねばならない、と改めて強く感ずる。

静岡TaaSの設立に向けて

 私自身も「隗より始めよ」という趣旨で、静岡市内のタクシー会社を今年1月にM&Aし、家族一同でタクシー事業経営に携わることになったが、当然にも労働生産性の向上という文脈では成すすべも無く、地域TaaSとしての「一般社団法人静岡TaaS」の設立を目指すことになった。
 たまたまチームネクストの1月のオンラインセミナーで採択された「タクシー事業に関する政策提言」を、代表世話人である三ヶ森タクシー(福岡県北九州市)の貞包健一社長とともに国土交通省の大辻旅客課長に提案した際に、静岡市で「静岡TaaSという地域プラットフォームの構想を考えている」と申し上げたことが、東京交通新聞の1面記事に掲載され、地域のタクシー事業者にこの構想が知られることになった。
 コロナ禍ということもあり、M&Aした「駿河交通」も含めて地元タクシー事業者の苦境は深まっている。とりあえずは共同配車やチケット処理のアウトソーシングによるコストダウンのニーズが強く、また「静岡TaaS」への関心も高いことから、近日中に業界、行政、関係事業者向けの説明会を開催させていただくことにした。

静岡TaaSの可能性

静岡市では既に2019年から静岡MaaSの取り組みを始めており、国土交通省および経済産業省からも実証実験事業として指定をされており、地方行政の関りも積極的ということで、静岡TaaSを立ち上げる上で良い環境にある。
 また、システムオリジンの戦略企画担当取締役という立場からいえば、市内の多くのタクシー事業者が弊社システムの顧客であり、創業の地でもあるので40年近いお付き合いの中でそれなりの信頼関係も持ち得ているのではないかと思う。そうしたことがプラットフォーマとしての静岡TaaSの立ち上げと実効性の実現に有利に働いてくれたらと思う。
 さらに長年、有力タクシー会社の営業課長としての実績を持つのみならず、地域コミュニティーと密接な関係を持ち、静岡の街おこしを目指して、深く関与してきた方が、この静岡TaaSの専務理事として事業を牽引して下さる幸運を得た。
 人口が約70万人の政令中核都市である静岡市は、まさに「新L型経済」確立の実験都市として格好の存在であり、その中で交通分野での新L型経済を担うプラットフォームとしての「一般社団法人静岡TaaS」の試行錯誤は、その正・反両面を含めて様々な教訓を業界にもたらすのではないかと思う。この2年の内に基本的な枠組みを作り上げ、その先の3年でIоT、ビッグデータ、AIという世界を活用して、真に移動産業の労働生産性を画期的に向上させ得る実態を作り上げたいと思う。また、それが静岡MaaSとともに日本の再生を目指す「新L型経済」の静岡市での確立につながり、ひいては静岡県、そして日本全域に波及する事態になれば、本当に素晴らしいと思う。若干誇大妄想気味の思いであることも自覚しつつ、引き続き、チャレンジを続けたい。
(2021年4月22日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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