タクシージャパン 掲載コラム

「魔の川」は脱出!「死の谷」は?

「魔の川」を脱出するのに22年

 7月1日、静岡市役所新館・葵区役所前の葵スクエアで、念願の「タク放題」サービス開始の出発式を行った。出発式の様子については本紙タクシージャパンの前号415号に詳しく取り上げられた。出発式には、現在の静岡TaaSにとっては過分な来賓の方々の御挨拶を頂いた。有難いことである。とにもかくにも、移動の地域全体最適を目指すプラットフォーム事業の第一陣のスタートを切れたのである。
 巷では、新しい事業を立ち上げ、成功に導くには大きな3つの難関が待ち受けているという。一つ目は「魔の川」、二つ目は「死の谷」、三つ目は「ダーウィンの海」である。この三つの難関を突破してこそ、新事業の持続、発展が可能となるらしい。
 一つ目の「魔の川」は、多くの新しい事業の企画や製品開発が、実際のサービスや製品としてスタートするまでの困難さを言うらしい。そして多くの企画や製品開発がこの「魔の川」を超えられずに終わる。まがりなりにも静岡TaaSと「タク放題」をスタートできたことは、この「魔の川」をなんとか超えることが出来たのかな、と思う。
 そして、この静岡TaaSと「タク放題」という企画の元となったタクシー産業の目指すべき姿「総合生活移動産業」構想とスマホがまだ存在しない時期にも拘わらずモバイル交通革命という指針を提示した書籍(2000年発行の寺前秀一著「モバイル交通革命」)と著者に改めて感謝したい。
 同書の発行から既に22年が過ぎたことになる。「魔の川」恐るべし、と言うしかない。
 そして最大にして、最も困難といわれる難関「死の谷」に我々も一歩踏み出したことになる。多くの新しいサービスや製品がスタートに漕ぎつけたにも拘わらず、顧客の獲得や魅力あるサービスの実現、運用の仕組みの構築、資金力不足などの難題にぶつかり、あえなく消えていくというのが「死の谷」だ。静岡TaaSと「タク放題」も当然ながら、この「死の谷」の試練にさらされ、持続のための新たな道を切り拓かねば、存続は難しい。
 もともとタクシー事業という、有限の供給を必要とする世界に、「定額使い放題」のサブスクリプション・モデルを提供することに無理があるのは承知している。しかし、時間帯や地域によっては無駄の塊であるタクシー事業の現実から、如何に潜在需要を引き出し、地域と時間を限定することによって高い配車効率→実車時間率の向上の可能性に賭けたいと思いが、一方で強くある。

我々の「死の谷」の現実

ある意味予想されたことではあるが、静岡市街地の一部地域を対象とした月曜日から金曜日までの平日午前10時から午後5時までのタクシーの月額定額乗り放題サービス「タク放題」の会員数は、今のところ50人に満たない。
 我々静岡TaaSはその会員に対し、タクシー2社から計2台のタクシー車両(時には3台)を借上げ、配車をしている。それでも時間帯や天候によっては利用が集中し、30分程は待たせてしまう場面がある。現在の「タク放題」会員はアーリーアダプターであり、高頻度ユーザーでもあることから、「乗り放題」の面を評価してサービスを享受してくれている。これはこれで非常に結構なことだが、このままでは当然ビジネスとしての拡がりや持続性は難しい。まさに「死の谷」である。
 「タク放題」がビジネスとして持続するためには、高頻度ユーザーと低頻度ユーザーが夫々満足する形で混在することが必要であり、それなりの狭い地域で、それなりの規模を持った会員数とそれなりの規模をもった車両数が効率よくマッチングし、実車時間率が極度に高まる可能性を追求することが必要である。これは今のところ願望でしかないが、ITやAIという世界をフルに活用できるところまでいけば十分に可能だと信じている。その道を探るのが今回の「タク放題」の6カ月間の実証実験である。問題は如何にその世界にこの6カ月でたどり着くかと言うことである。そして、その答えは理論の世界にはなく、やってみて、実践の世界で掴むしかないという、極めてアナログな結論になってしまうのだが…。

まずは会員の数を増やす!

この社会的ビジネスを存続させるための一番のベースは、会員を増やすことである。特に低頻度会員を如何に増やすかである。
 高頻度会員にとってはひどくお得なサービスだから会員になりやすいが、その分、供給が逼迫する。
 低頻度な人に会員になってもらうためには、ひとつは乗務員のサービスの質が問われる。「タク放題」の担当乗務員は安全で安心で、親切である必要がある。さらに会員になることによって付加的なサービスを受けられるようにする。「タク放題」が様々な商業施設やイベント事業と連携し、会員であることが移動の利便性だけでなく、楽しみやお得感をもたらすことが必要である。また価格面でも一律ではなく、個々のニーズにあった多様なサービスメニューと価格を用意しなくてはならない。
 口で言うほど簡単ではないが、実際、「タク放題」的なサービスへの評価とニーズは既に高く、細やかなメニューと価格は必ずこの潜在ニーズを顕在化すると思っている。

高効率マッチングシステム

 「タク放題」で目指すのは、空車での待機時間や空車走行時間を極力減らし、お客様を乗せている実車時間を極限にまで増やすことである。
その為には限定された地域で、ある規模の顧客数と車両数を高度な配車マッチングシステムで効率よく結び付ける必要がある。幸いなことに、静岡市のタクシー事業者はほぼGPSIAVMシステムを活用しており、特に「タク放題」は必ず乗車地と降車地を受付時に聞いており、車両の降車時間や場所を把握できることから、より効率の良い配車が可能である。また、アプリシステムが既にリリースされているので、利用者と配車センターの双方に負担の無い、スピーディーな配車が可能である。
 「タク放題」の主力ユーザー層が65歳以上の高齢者ということもあり、まだまだ電話による配車が多いが、ユーザー会などを開いて配車アプリの使い方やお気に入りの設定などを習得すれば、一定のスマホ移行も十分に可能だと思われる。
 また、「タク放題」のサービスでも需要変動があるので、ベースとなる一定数の車両借上げに加え、需要に応じたメーターでの車両運用もシステムとして組み込む必要性を感じている。いずれにしても、この配車システムでの更なるイノベーションが生産性向上の大きなカギであることは間違いない。

サブジョブドライバーの活用

 「タク放題」は、ベースとして静岡TaaSによる時間借上げで車両を供給してもらっている。従って、乗務員の給与も時間給との相性が良い。歩合給が主体のタクシー業界だが、近年の深刻な労働者不足もあって副業のサブジョブドライバーの活用が問われている。家庭の主婦や二種免許の年齢制限が緩和された学生なども定時制乗務員として働ける道が開けた。こうした人たちにとって、固定客で、狭いエリアで配車先や目的地をナビで誘導してくれる「タク放題」は、乗務員として働きやすいのではないかと思う。現在のサービスの規模が拡大すれば乗務員の拡充も必要となり、サブジョブドライバーの安定した仕事のスタイルにつながるのではないかと思う。
(2022年7月25日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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